ブックタイトル潮来町史
- ページ
- 714/1018
このページは 潮来町史 の電子ブックに掲載されている714ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。
このページは 潮来町史 の電子ブックに掲載されている714ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。
潮来町史
代昭和初期における潮来町域の青年団活動は、非常に活発であった。「いはらき」新聞の記事をみると、潮来町や延方村の青年団を中心とし現て、数多くの活動内容が報道されている。活動は弁論大会、各種の講習近V会、軍事演習、運動会、生産物品評会など多岐にわたっているが、昭和昭和四年十年までの主な記事を列挙すると、次のようなものがあった。延方村青年団の弁論大会昭和五年昭和五年昭和六年昭和六年昭和六年十一月昭和七年昭和八年昭和八年昭和八年十二月昭和九年昭和九年昭和九年昭和九年昭和九年昭和九年昭和九年十一月昭和九年十一月昭和十年八月月延方村青年団の副業、藁草履つくり月潮来町青年会修養会、講師を招く月延方村青年団、表彰九月潮来町女子青年団講演会、衛生思想普及のため潮来町青年会、製作物品評会四月潮来町青年会、県下の模範として文相・知事表彰八月行方郡連合青年団、陸上競技と武道相撲弁論大会九月行方郡弁論大会、活況を呈す津知村男女青年団主催、思想講演会月行方郡連合女子青年団総会、建武の中興六OO年記念講演四月潮来町青年団、潮来精神講演会四月延方村青年団、神立村農友会視察七月潮来町青年団産業部、野菜を販売七月大生原村青年団主催、軍事映画開催十月鹿行青年団競技会潮来町青年団、秋季運動会を実施延方村青年団、農産物品評会月延方村青年団表彰、副業展覧会昭和十年行方郡青年団幹部講習会、潮来青年会館で702月昭和十年八月延方村青年団員八O余名、自動車で東京方面視察以上のように各種の行事が行われたのであるが、施設面では昭和二年に潮来町に潮来青年会館が設立された。青年会長の藤岡鉱二郎ほか顧問の県会議員、小学校長らが尽力して工費一万一000円の予算で同年一月三日に起工式が行われた。場所は潮来町役場裏であり、総坪数が四OO坪、建坪数が一O三坪の和洋折衷の平屋建ての施設であった。設には、剣道場、柔道場、相撲場などもあり、各種の行事のほかに青年)の施の体育訓練ができるものであった。建築工事は約四か月で完了し、四月十八日午後一時から、五O名の来賓のほかに約一000名が参加して盛大に開館式が挙行された。青年たちは、青年団の一員としての活動とともに、青年訓練所における訓練にも参加し、農業補習学校へも通っていた。青年訓練所においては、小学校の校庭を使用した教練が中心となっており一年に一回程度軍による査聞を受けることになっていた。また時には、訓練所が合同で野外演習をする場合もあった。青年訓練所創設五周年をいくつかの青年記念して行われた鹿島、行方両郡四二か町村青訓生連合大演習は、昭和六年七月十三日から十四日にかけて実施された。演習は鹿島神宮の東北方の波野村(鹿嶋市)で行われ、参加人数は一五OO名にのぼった。青年たちは南北両軍に分れ、麻生中学校及び鉾田中学校の配属将校が両軍の指揮をとり、十三日の午後一時から開始された。大雨の天候の下で夜間行軍や白兵戦などを行い、十四日の午後四時一O分に演習を終了し、講評などがあった後、午後六時に解散した(昭和六年七月十五日「いはらき」新聞)。これほど大規模でない連合演習も時々行われ、昭和八年十一月二十五日には、潮来町ほか一町四か村の連合演習が、潮来町の稲荷山付